明日は大雪だというのに
当ブログでは諸事情により先日まで本年2017年のねぷた記事を作成しておりまして(汗)
それでせっかくですので、
もうすぐ冬休みという事もありますし
“シーズンオフでも見られるねぷた”
という観点でちょっとお話してみようと思います〜
という事で、
当ブログ名物テキトー地図をご覧頂きたく ↓
カンタン弘前公園見取り図でいうと大体この辺 ↑
といいますか、
端っこでスミマセンー!(汗)
と、
とにかく、
弘前公園を亀甲門から中央高校口の間までを歩いていると
公園と反対側にこのような ↓ 風景がみえてきます
たかーい鐘楼と看板でお馴染みです
コチラを林檎の手前で左手側に進んで頂きますと ↓
『津軽藩ねぷた村』
の入り口が御座います〜
右手側でチケットを購入の上
ご入場頂きますと ↓
ねぷたー!
ネプター!
ねーぷーたー!
と、
このようにねぷたのシーズンオフでも思う存分にねぷたをご覧頂けます
中央部分ではねぷたにまつわるクイズの出題があったり
太鼓・笛の生演奏+太鼓演奏に挑戦もして頂けます
壁伝いのスロープを進んで行きますと
↑ の写真の上部に見られる小さい扇型のねぷたが並んで展示されており ↓
手前にある竹の棒状のものは “さしまた” といいまして
ねぷたが進む際に邪魔になる電線を上げるための道具ですが
現在、
土手町では電線を地中に埋めて
駅前では道が広いので
今ではあまり見かけなくなりました
それで、
この小さな扇ねぷたは ↓
ねぷた絵師さんの紹介がされております
コチラ ↑ は 高橋翔龍 氏
ここ近年当ブログでは5日目運行ばかり見ておりますので
中々ご紹介できておりませんが
松原地区 を主に担当されておりまして
(5日目運行には松原は参加していない事が多いのです)
といいますか、
当ブログオーナー的に衝撃の事実だったといいますか
高橋翔龍氏を存じ上げてまして
当ブログオーナー的に絵画で尊敬する方の内の一人でした
いや、びっくりでした
コチラ ↑ は 三浦呑龍 氏
三浦呑龍氏は当ブログでもよく紹介させて頂いておりますね
コチラ ↑ は 津軽帆 の絵師の 中野敬造 氏
津軽凧は江戸時代の弘前藩士の内職として作られ始めたものだそうで
日本三大凧の一つに数えられるそうです
更に進むとねぷたの歴史を学べるコーナーが登場します
コチラ ↑ が江戸時代初期のねぷた
大小の灯籠が可愛いです
コチラ ↑ が江戸時代末期の頃のねぷた
この曲線具合を出すのは逆に難しくない?
とか思いつつ
その背後に見られるねぷた絵は
鬼沢のねぷた絵などを描かれていてお亡くなりになられた 佐藤大節 氏の絵なのですけども
退いてみるとこんな具合で
中々撮影が難しかったといいますか(汗)
いや、
ですが、
中々幽玄な空間を味わって頂けるかと思います
といった辺りで続きます〜
読んでくださった方に感謝を込めて。
コチラ ↑ はねぷたの骨組みです
現在は木製ではなく鉄製だったりしますが
この骨組みに絵師さんによって和紙に描かれたねぷた絵が貼られるのです
0コメント