岩木山と大黒と寿と、、、、(2)

昨日までの、
実は去年までに記事にしたかったシリーズがようやく一区切りし
今回は今年のお正月のお話に戻りまして、
岩木山の神さまシリーズの新連投を開始しておりましたけれども

前回記事では、、、、

岩木山神社の境内、三の鳥居前に座す出雲神社には
狛犬的ポジションに大黒さまと何故か恵比寿さまがいらっしゃって
よくよく考えてみたら
当ブログオーナー宅の元々
岩木山の山神さまの御神璽があった神棚に
大黒さまと恵比寿さまの置物があり

なんだかんだで昔の知恵者が
元々の形では遺せないので
他の形=
今出ているのは大黒さま&恵比寿さま
として祀っていたのかも?

といった具合でしたけども
そもそも
昨年秋以降の岩木山の神さまシリーズで
岩木山神社に明治以前に祀られていた神さま名は ↓

国常立命 (阿弥陀如来) / 多都比姫命 (十一面観音) / 大己貴命 (薬師如来)

この三柱と知るに至り
現代に伝わる岩木山に纏わる言い伝え系は後付けだよなー
とか思っていた最たるものが
田光沼の国安珠の話とか安寿と厨子王とか

田光沼の国安珠の話は確か
白水社から1980年代に刊行された『日本の神々』に記載されており

昔々その昔に
津軽の地に追放された 大国主がまたそこで国造りをしていたら
開墾した田の中から白く 光る?沼を田光沼とし
更にその沼から女児が珠を発見、ソレを大国主に献上し
珠 → 国
女児 → 国
として大国主は国安珠姫との間に一名洲王をもうけた

コレは恐らく『ホツマツタエ』がベースと思われます
まぁ、
当ブログオーナーもホツマツタエは参考までに読みはしますが
アクマでも参考なのですよね
多分、
ホツマツタエも真実とある程度そうでない部分が混在しているのではないか
と考えますけれども
まぁソレは今は置いておいて
ホツマツタエは偽書なんて云われておりますが
(時の政権に負けた人が書いたから、とかですね)
日本の神事を執り行う家にこっそり伝えられていたとかいないとかで
実はある程度昔から存在していたようで
さて、
東北地方で偽書といえば有名なのが日流外三郡誌』ですが
コレも恐らくホツマツタエがベースなのでしょうな〜
そしてコチラも白黒混在でしょうな〜
とココで、
先程から “安” とか “東” とかの漢字をやたら太文字表記しておりますが
いえソレは、
田光沼の話とか東日流外三郡誌の重要部分に “安” と “東” が出てくるから
津軽のある程度昔からの有力豪族で
どうやら赤倉白山系信仰を主立ってしていたっぽい方といえば安倍一族でしたけども
安倍氏の津軽地方に残った末裔は安東と名乗っておりました
何が言いたいかというとですね、
安東氏はホツマツタエを知り得る立場にいて
安倍氏/安東氏を神格化しての津軽地方での勢力を盤石化するべく
ホツマツタエを利用したのではないかな?と
ほら、
かつての日本としての?権力を持っていた方々がそうしたように・・・・

では次に、
安寿と厨子王の話
コチラは森鴎外『山椒大夫』に出てくるのが特に有名で
そもそも童話なのですが確か、、、、

陰謀で現実の福岡に流された父を追う母と安寿と厨子王は人買いに騙され
母 → 遊女屋
安寿と厨子王 → 山椒大夫
それぞれ売られ
死を意識するくらい過酷にこき使われた安寿は厨子王に逃げるよう進め
安寿は厨子王が逃げるのをみて自害
厨子王はその後京都に戻りその周辺で国守となり佐渡で母と再会

と一般的にはなっているのですが

津軽では兄妹が津軽に逃れてきて安寿が岩木山の神になった

とか云われ、その証拠として

津軽に京都の人間が海から船で入ろうとすると
岩木山にいる安寿が起こって海が荒れるので
弘前藩役人が厳しく取り締まり京都の人を追い出した

とかいうのですけども、ねぇ
よく考えてみて下さいよ
岩木山は江戸時代や平安時代やそのもっと前から御座いますし
(70万年以上前でしたっけ?)
百歩譲って岩木山が今の形になった年代を考えても
約2000年前頃でしたっけ?
ソレって弥生時代とか縄文時代でしょ
そんな山の神は比較的最近御成あそばしたのでしょうか?
摩訶不思議ですねぇ←(笑)
それに兄妹の安寿と厨子王が何故、安寿だけが神になったのでしょうか?
ちなみに、
前回こっそりご紹介いたしましたが
中後期弘前藩は色々と裏事情があった為に
藩外の人間が藩内に入るのを嫌がっていた傾向があり
そういう政策の一環で都合良く追い出す口実に『安寿と厨子王』が使われた
(船に京都の人はいないのにいた、とかね)
という話もあるのですね
また、
何故海から来る “船” なのかといった事も考えますと
平泉にはかの有名な金色堂がありますけども
その金色堂を作った人物のルーツは何処か
宝探しや埋蔵金を探す場合に現代と比べれば情報の少ない江戸時代は
その人物のルーツを探すかもしれませんよね
しかも船ならゴソっと持って帰れますし
若しくは、
何か他のまことしやかな黄金伝説が津軽にあったとか?
まぁ、
やたら “黄金” と付く地名も多いですし

と、
随分と長くなりましたが
そんなワケで後付けだよなーと思っていたワケですけれども
前回例によって大黒さまと恵比寿さまの一件が浮上し
よくよくよく考えてみたら、
岩木山の山頂にはお社がありそこには安寿がいるという
いやつまりですね、
前回と同様の理論で
元々の形では遺せないので
他の形=安寿として祀った

のかなと
更に田光沼の方の国安珠姫が
国 “安珠” 姫=安寿
やはり寿なのかなと
ですのでたぶん、
コチラ2つの話も “選りに選って” だったのかもしれません
そうすると考えられる事が、
先人は弾圧等されてもめげずに賢かった
岩木山の山頂に寿がいるとされているところから予想するに

つまり寿が特に大事なのでは

前回
寿はことほぐ(言祝ぐ) → 祝いや喜びの言葉を言う
からもきているらしいよ的なお話もしましたけど
要するに、

八はよく祝福の言葉を遺す

のかもしれないですね

それにしてもですよ、
大黒さまと恵比寿さまの一件から考えてみたら
色々な陰謀とか工作とかにあっても
逆にソレを利用して判る人には判るように遺すとか
(2つの説明文に八に関係ありそうな文字には下線をつけました)
やはり、
何よりも優しい正義の気持ちが籠るものは最後に必ず勝つ
なのでしょう
そしてソレ以降は
“何よりも優しい正義” が籠っているものとなっているので
別にソレを広めても
‘神(=自分自身)の御心に叶う世間一般的にいうところの “善” の感情に伴う言葉・行為’
に転じてしまっているのでしょう

さすが、懐の深い八ですね〜



読んで下さった方に感謝を込めて。


1月1日の岩木山神社楼門前リーゼント狛くん ↑

そして
いよいよ当ブログで嶺二先輩が重要になってくると←(笑)

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