弘前ねぷたまつり3日目合同運行 in2018(1)

今年もこの季節がやって参りまして
当ブログでも遅ればせながらご紹介したいと思います〜
、、、、の前に
弘前の扇型ねぷたの各部位名称の説明を、カンタン図説を使ってしてみたいと思います ↓ 
◎左側が前方
扇型全部を使った絵を鏡絵といいます
その下の逆台形は開きで、開きの中には更に四角いマスが有りその中にも絵が嵌められますが、主に弘前藩主 津軽家の紋 牡丹の花が描かれる事が多いです
その下の台座はといい雲漢という文字が書かれ(右から読みます)、天の川という意味です

◎右側が後方
真ん中の独立した絵は見送り絵
周りは袖絵
前方で雲漢の文字が書かれた場所には絵が書かれます
額の側面の絵はそれぞれ前方の進行方向を見ております
そして扇型の上の部分は電線や道路標識等々を避ける為に折り返せる仕組みになっており、コレをためといいます
扇型の側面がといい、参加団体名が書かれる事が多いです

さて今回は
3日目運行という事で、土手町コースの運行となります
例年当ブログでは5日目や6日目運行のご紹介が多いので駅前コースのご紹介が多かったのですけども
今回遂に土手町コース初登場ですね〜
といいますのも
土手町コースでは、始まる前に津軽情っ張大太鼓の模範演技や一般打ち鳴らし体験が行われまして
なんと言いますか和やかな雰囲気だなと思いました
いや、
駅前コースは席取りで戦々恐々な所がなくもないかと思わなくもないといいますか←どっちだ(笑)
そんなこんなで、
日も暮れてそろそろねぷた出発の時間が近付いて参りました
19時出発です
3日目運行の日の美しい夕焼けと
順番待ちしている津軽三響會さんのねぷた ↑ 

趙雲子龍 幼主を救う/岩淵春麗

三国志ですね
出発前には津軽三響會さんでは円陣を組んで皆で気合いを入れてらっしゃったのが印象的でした
因みに、
後方の見送り絵はちゃんと孫夫人でした

先程まで人々に囲まれていた津軽情っ張大太鼓も出発です ↑ 
この大太鼓は
弘前藩三代藩主 津軽信義が江戸城で年賀の式の時に、加賀百万石金沢城内にある六尺大太鼓は日本一だろうという話を聞き
信義は負けず嫌いの反骨大名であった為、「津軽には十尺に余る太鼓がある」という大法螺を吹き、雪解けの頃に検使を下向させて確かめる事になってしまったのですが、
名臣 服部長門守康成の手腕により見事に作られたという話から1970年に復元された直径3.3メートルの大太鼓で
当ブログでも登場する四代藩主 信政は江戸屋敷にその江戸時代の大太鼓を運びました
この大太鼓の音が江戸に響き渡って江戸名物となり、本所七不思議の一つでもあります
この大太鼓よりも大きいのが津軽剛情張大太鼓でして
当方が持っている資料では、この剛情張大太鼓が大型ねぷたの先陣を切って運行されるとあったのですが
近年はお休みをされているのでしょうか
土手町運行の際の有料観覧席の近くで展示されておりました ↓ 
直径4m、長さ4.5mで引っ張る時は50人がかりなのだそう
見ただけでも重そうですよね
ねぷたオフシーズンは追手門広場の山車展示館に保存展示されているそうです

では小型ねぷたから見てみましょう 
以下、
参加団体/鏡絵・見送り絵タイトル/絵師
という順番でご紹介しております

浜団ねぷた愛好会
閻魔大王と地獄太夫
菊池誠

小型ねぷたは例年大体、高さ3〜5m、幅2.5〜5mといった大きさでしょうか
でも閻魔さまが大きく見えますよね

慈愛・雲上観音

袖絵の部分が小洒落ている気が致します
般若心経かな

弘前みなみ幼稚園
源頼光、仲間と共に妖怪を討つ
年長組

いやもうなんか可愛てくてですね
武士の鎧や姫の着物の柄なんかも頑張って描いているし
雲も龍もよく描いているなと
蜘蛛の糸とか龍の鱗とか、当方もめんどくさいとか思う事も御座いますのに←(笑)

美人画「そうべいの妻 おしず」

コレは絵本「じごくのそうべえ」を元に描かれております
袖絵の部分もそうべえが地獄で大活躍しているところですね
開きの部分の花も元気いっぱいでステキですねー
額の部分の武将もイイカンジです
小さい方々のねぷた絵もいいなーとほのぼのと思ったといいますか
毎年、年長組さんは大変かもしれませんが、ぜひ描いて欲しいなと思いました

続きます〜

読んでくださった方に感謝を込めて。