“心の種”

この世を生きているという事は
色々な人が通り過ぎてゆくという事だけど

自分の持っている心の種を
通り過ぎる人の中に植えている事がある。

例えば

自分の心の
不安の種、心配の種、怒りの種、悲しみの種、侮蔑の種
等々を持っていても
通り過ぎてゆく人の中にその種を植えなければ
その種の発芽を見る事はない。

だからネガティブな種ではなく
幸せの種だけを植えていったなら
色々な人が通り過ぎてゆく世の中だけど
その中に幸せの種の発芽しか見る事はなく
世の中は幸せで平和なのだ。




どうも!
ポエマーいもたです(笑)

突然失礼しました。
いや、最近物凄い考えていた事です。

親和性の法則は
ネガティブな理由付けに使うべきものではない。

例えば…
〇〇だから自分は××を引き寄せたんだ(両方共ネガティブ系の理由が入る)
というのは、自分を大切にしていない感じ
愛してない感じで…

自分を落とし入れる為の法則ではないと思うのです。

自分の心を誰の前でもさらけ出せる行動をしているのであれば
動反動の法則には嵌まらない。

だとすると、嵌まっているのは
鏡の法則ではなかろうか?と。

そんな訳で
私の忘備録にお付き合い下さった皆さま、ありがとうございます~。

※2017年10月12日追記※
時と場合によりますね~

もの凄い世間一般の人が想像もできないような犯罪被害を強制的に押し付けられた場合

上記のような事を言っていては手遅れになりあの世行きです



読んで下さった方に感謝を込めて。


菩提樹の下で~その15
あぁ~長かった!(笑)
お付き合い下さった皆さま、ありがとうございます☆
ついにこのシリーズも最終回。
菩提樹の真上から遂に根元付近までカメラを動かし終えました~!
その証拠に、この菩提樹の説明看板を捉えました(笑)
緑色の噴出光がなくなり、上の方に緑色の弧?が出現しています。
光はこんな風に到達するのですね~!