日本のレオナルド・ダ・ヴィンチは円山応挙でしょ!…@いもた美術館

2004年2・3月の
江戸東京博物館での…

円山応挙展

コレは私が最も忘れられない展覧会です。
確か3度行きました。
毎回図録を買うか悩んで結局買わず仕舞い。

それから。

図録を買わなかったのを後悔して探しましたが、長年全く遭遇しませんでした。
それが…何故か先日急に私の処へやって来ました。

コレはサイン?!

…と思いまして、今回はここへ至ります(笑)。


時は江戸時代中期…
徳川幕府により泰平の世が成され
日本の画場を牛耳っていた個性が尊重されない狩野派では
世の中が飽きたらなくなった頃…
京都に現れた新しい風。
その中の一人が
『円山応挙』
その人でした。

応挙さんといえば…
脚のない幽霊の絵
でピンと来る方が多いかもしれませんが
応挙さんの功績はソコではありません~。

では何が凄いのかというと…

それは鎖国されたあの時代、
封建社会の安定継続が望まれていて、芸術に関しても
その時々の権力者と結び付いて画業を独占してきた狩野派が、
職業画家集団として重用されます。
しかし
大量の制作をこなすには集団で制作する必要があり、
その為に伝統的に受け継がれた絵手本という、パターンみたいな物を習うという事が
その時代の絵の道のセオリーだったのです。

元の手本が下手だと、そこから続く人は皆…という(笑)

そんな中で
中国絵画や西洋絵画の技法を入手し取り入れて
写生を基本にする事に重きを置くという形へ…
日本の絵画観の慣習を一変させたのです!

そして不思議な骸骨の絵を残している事、沢山の人物の写生から
人体解剖学的な事もやったのではないかと推察します。
それに大乗寺の、現実と絵の空間が融合する様な面白い構成の試みをしていたり。
あと眼鏡絵というレンズを通して立体的に見るからくり絵を試みていたり。

あの江戸時代にここまでやっているのが応挙さんなのですよっ!
だから
私は応挙さんが日本のダ・ヴィンチだと思う訳です。

私的には応挙さんの真骨頂は、
花鳥画だと思います。

それはそれは…美シイです。
息が止まる凄さといいましょうか。

兵庫の大乗寺、香川の金比羅宮書院、宮内庁の三の丸尚蔵館、三井記念美術館等…
結構見れるので是非タイミングの良い時に、写生力光る美しさを確認してみて下さい!

皆様の心に少しでも応挙さんが残ってくれたら良いな。



読んで下さった方に感謝を込めて。